ニート論壇が見落としていたっぽい視点、気持ちのギャップ問題

上にいる人は見下ろさない - タケルンバ卿日記
上にいる人は、降りてこない - 背後からハミング
少なくともブログでは、それはきっと難しいこと - Attribute=51
このへん、「上の人」と「下の人」の意識のギャップみたいなものへの言及が、ニート論壇界隈でもっとあっていいと思うんだよね。とりあえずオイラ的に思うのは以下。
共感にしろ解決策にしろ、上の人は下の人が受け取りやすくする提供の仕方を考慮したほうがいいんじゃないか。いっぽうで受け手も意固地になってばかりいないで、というか、どんな形で出してくれれば受け入れやすいかをもっと言ったほうがいいかも*1
あとはyellowbellさんが指摘するように、

幸せな人は、不幸せな人のことを語るのに、わざわざ不幸せな気分にはならない

というか「なれない」から、その代わりと言ってはなんだけど、時間なり労力なり財産なりを提供するという手もあるんじゃないかと。学校とか会社とか地域とかのつながりでは珍しくないもんね、モテない人に「俺の彼女の友達紹介してやんよ?」とか、仕事の無い人に「いくらか貸してやろうか? 返すのはいつでもいいよ」とか。
ただこれもweb上でされているケースは殆ど知らないのだけど。なんで少ないのか、その理由は分からん。

以下追記。
あと、

「モテないの?へえ。じゃあ今からナンパしたら?」や「金ないの?へえ。じゃあ今からバイト探せば?」や「会社が辛いの?へえ。じゃあ辞めれば?」や「パンがないの?へえ。じゃあお菓子でも食ったら?」

といったyellowbellさんが指摘する「共感」が抜けているソリューション。まあどうしても共感とかするのには抵抗があるって人はいるみたいだし、でもそういう人もこれらの台詞の後に「俺が一緒に行ってナンパのやり方教えてやるよ」「友達で人手足りないトコないか探してやるから」「それで今の会社辞めたら俺のトコ来ないか?」「パンは無いけど米なら余ってるから持ってくかい?」とか付けると、血の通ったやりとりになるかも。もちろんそれもwebの世界ではどういうわけか見かけない光景ではあるけれど。

*1:希望は戦争? Blogの管理人氏が「共感はダメ」というのが口癖だったけど、じゃあ解決策を受け入れるかと言うとそれも無いし、けっきょく彼は救われたくないのだろうかと思ったことがw