イチローの魅力とは?

記録を更新しようとしているからすごいのではないのだ。『論座』2004年10月号に蓮實重彦が「運動の擁護に向けて」という論文を書いていて、

一塁線に鋭く打ち返したバーニー・ウィリアムスの目の覚めるような打球とそれが見る者にもたらすとめどない興奮とは、ヤンキースの背番号51の二千本安打達成という数字にあっさり置き換えられてしまいました。

蓮實は、スポーツを語るには「運動」そのものに注目しなければならないとし、然るに現状のスポーツを取り巻く言説は「運動の軌跡」、つまり数字とか記録に終始していると批判する。しかしイチローは、

運動よりも軌跡ばかりを評価したがる人類の嗜好をいったん受け入れたかに振る舞いながら、彼は、人類には到底不可能と思われていた数値目標をあえて設定し、それを寡黙に凌駕してみせるのです。

メジャー4年目で通算900安打、そして年間247安打、確かに凄い。しかし二遊間への打球が僅かにイレギュラーバウンドし、そのボールが矢のような速さで一塁手のミットに収まるよりもなお早くイチローがベースを駆け抜ける、自分で書いていて伝えきれないことに地団駄を踏みたくなるほど言いようの無い爽快感、これを一打席ごとに感じさせるから、イチローなのだ。